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多忙な王の配下には眠りを司る神・ヒュプノスもいるが、このヒュプノスもまた全ての生物の眠りを司る故に多忙である。それでも、ヒュプノスならば喜んで冥界の王を眠らせる役を引き受けてくれるだろうが、自らの安寧のために部下の仕事を増やすほどハデスは無責任な王ではなかった。 「…こんな時、ペルセポネが隣にいてくれたら…」 蓄積された疲労により、集中力の続きにくくなっていたハデスはふと顔をあげ、独りごちた。 ペルセポネとは冥界の王妃―即ち、ハデスの妻である。二人が結婚した経緯(いきさつ)は省くがハデスはこの若く美しく、そして慈悲深い妻を心の底から愛しており、彼女の存在こそがハデスにとっての唯一の安らぎであり癒しであった。 しかしペルセポネは今、冥界(ここ)にいない。 それというのも、ペルセポネは冥界の王妃であると同時に花と春の息吹きを象徴する女神であり、地中にある冥界にその身をおいているのは冬の間だけなのだ。 一度地上に戻ったペルセポネが冬になる前に冥界へ戻ってくることはまずない。ペルセポネは豊穣神デメテルの娘である。母と共に世界中の作物に実りをもたらす役割をもった彼女もまた、多忙な女神なのだ。 ペルセポネは帰ってこない。自分が会いに行くことも叶わない。ならばいっそ考えないようにしなければ…。 ハデスはそう思い直し、再び仕事に取りかかった。 「よし、次の者…」
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