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どれくらい経っただろうか…
1時間…いやもしかすると数日経っていたかもしれない。
淡々と仕事をこなすハデスは既に時間の感覚がなくなっていた。
実際に死者に裁きを下す玉座の間に行く前に、執務室で今日裁く予定の死者たちの人生の記録に目を通していた時、どこからともなく声が聞こえた。
「……デ…ス、…ハデス」
「ペルセポネ…?」
久方ぶりの妻の声に思わずハデスは弾かれたように声のする方を見やる。
書類の山の向こうにペルセポネが立っていた。
「何故ここに…?戻ってきて…くれたのか…?」
「ええ、そうよ…私はここにいるわ…。ああ、愛しいハデス。私は貴方が心配なの…休むことを知らない貴方が」
「そなたが心配するようなことではない…。それに、心配は無用だ。神は死なぬ」
「でも神だって休息は必要よ…?わかっているでしょう…ハデス」
「それは…確かにわかってはいるが…なかなかそういうわけにもいかぬ…。冥界に降りてくる死者は引っきり無しだ…。それに部下たちを働かせたまま、私だけ休むわけにはいかぬ…。」
それを聞いてペルセポネは「しょうがない人…」と苦笑するとハデスを手招きした。
「きて…ハデス…貴方に今必要なのは仕事じゃないわ…。休息よ。こちらにいらして…。私の膝の上で横になって…そのままベッドで暫く眠るといいわ…ハデス…」
「何を言っている…ここにはベッドなど…」
そう言いかけてハデスは、いつの間にか自分とペルセポネが立っている場所が執務室から夫婦の寝室へと移っていることに気がついた。
いくら神とはいえども、自分の無意識のうちに瞬間移動しているなどということは有り得ない。そこでようやくハデスは自分が夢を見ているのだと気がついた。
「…ヒュプノスとオネイロスの仕業だな…。」
ハデスは二人の部下の顔を思い浮かべ溜め息をついた。
ヒュプノスは前述の通り眠りの神、そしてオネイロスは夢を司る神である。その関連の深さから普段から一緒に行動することが多い彼らは二人ともハデスが信頼を寄せる部下たちだが、主君を心配して時々こういうことをするのだ。
とはいえ、今回は一体いつから眠らされていたのかわからなかった。
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