0人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
「ねぇ拓郎は神様っていると思う?」
美香は猫の頭を撫でながら話す。とても気持ちよさそうな顔をして泣いている猫を見ていると現状を忘れることができる気がした。
「美香。今その話が必要か?今から強盗をしようっていうのに」
拓郎と美香は借金を抱えていたわけではない。ただ今のままではだめだという漠然とした不安から衝動的に強盗をしようとしているだけだ。いつも美香が服や鞄を衝動買いする時と何も変わらない。お金を手にしたところで何が変わるのかと聞かれても答えることはできない。
「もしも拓郎が無神論者でも神様なんていないって答えない方がいいらしいよ。神様かどうかは分からないけど何か超常的な力を感じる、と答えるのがベストらしいよ」
「だからその話は今必要か?泥棒の神様なんていないだろ」
「盗人の神様なら知ってるよ。ヘルメスっていうギリシャ神話の神様」
「ヘルメスって黄金のサンダルを履いてるやつ?」
「そうそう。後は音楽、計略とか好色とかいっぱいあるらしいね」
美香はスマートフォンで調べながら話した。
「このヘルメスって神様が私たちを守ってくれるんじゃない?」
「また適当なことを言って。神様に守られるならこの世界では泥棒ばかりになってしまうじゃないか」
泥棒ばかりの世界。もしかしたら今よりももっといい世界なのかもしれない。誰かのものを誰かが盗んでそれを僕が盗む。そしてまたそれを誰かが盗む。その繰り返しで物はすべて流通し水のように循環する。でもきっと泥棒以外の犯罪が生まれたらバランスは崩れる。
「どうしようか。コンビニかスーパーか、それとも銀行?」
「コンビニかな。どこにでもあるし人気のない地域にもある」
なるべく遠くのコンビニを目指して車を飛ばす。車の窓を流れる景色は人工物から自然のものに変わっていく。拓郎は鞄の中のモデルガンと刃渡り10㎝のナイフのことを考えた。モデルガンはサバイバルゲーム好きの友人から借りたものだった。ナイフだって果物ナイフだ。結局、強盗だって用意周到とはいかない。それが拓郎の人生なのかもしれない。思い返せば大学受験の時もそうだった。試験当日に全く見たことのない物理の問題が出たのは今となってはいい思い出だ。あの時も準備不足だった。
最初のコメントを投稿しよう!