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「実家にはちぃっとも寄り付かんで。
なんも東京に行かんくても、ここにかて就職先はぎょうさんあるやろに・・
しかも、ええ歳をして彼氏のひとりもおらんやなんて。
ばぁちゃんはあんたの歳には二人も子供がおったよ」
優香は肩を竦めると視線を和坊に向け
「和ちゃん。裏でお茶でもどうどす?千春ちゃんの話も聞きたいし」
「あ・・じゃあサリーを木戸に繋いでもええかなぁ」
サリーというのは和坊の飼っている大きなハスキー犬だ。
「わぁ、サリーも一緒なん?ええよね、ばぁちゃん」
「構へんよ。ゆっくりしていきやぁ」
「ほな、うちお茶用意してくるわ。ばぁちゃん、お饅貰うよ」
優香が引っ込むと、和坊はまだ迷っている様子のお客に声を掛けた。
「おススメは”桜花の香”やよ」
「えっ?」
女性客が驚いた顔をして振り返った。
「『香彩堂』オリジナルの御香。この時期にしか手に入らんから
お土産にはええよ」
なぁ?と言って私の方を見る。
「せやなぁ」
棚の上から桐箱を取り出すと蓋を開けてみせた。
桜色のスティックタイプの御香が30本入っている。
辺りに漂うはんなりとした淡い香り。
「・・いい匂い」
彼女が顔を寄せ、鼻をひくつかせた。
「ね、これにしてもいい?」
「うん、そうだね。姉貴達も喜ぶと思うよ」
「じゃ、2箱下さい」
和坊は満面の笑みを湛えると
「毎度おおきに」
と声を張り上げた。
…この如才なさ・・ますますうちの入り婿になって欲しいわ。
「姉さん、帰りにまた寄るから俺の分も包んどいてや」
そう言い残すとサリーを連れ、裏庭の方へと歩いて行った。
「京都には桜を観に来はったん?」
「はい・・さっき高瀬川沿いに歩いて来たんですけど、見事な桜並木ですね」
穏やかな物腰の彼は、近くで見るとかの俳優よりもずっと男ぶりがいい。
「来年もぜひ観に来たいです」
彼女も控えめな笑みを浮かべながら、はにかむように彼を見上げた。
「また、おいでやす。
ほな、京の旅を楽しんでいっておくれやす」
「ありがとうございます」
軒先まで見送りに出た私に会釈をし、ぎゅっと手を繋ぐと仲むつまじく
四条大橋の方へとゆっくり歩き出した。
二人の後ろ姿が見えなくなった頃、裏庭の方から
春の暖かな風に乗って優香と和坊の笑い声が流れてきた。
合いの手を入れるようなサリーの鳴き声と共に・・
おしまい
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