香彩堂にて

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「こんちは」 和坊(かずぼう)の威勢のいい声が響き渡る。 奥の間からハイハイと返事をしながら店に向かうと テレビでよく見る若手俳優に似た背の高い男性と 小柄で可愛らしい顔立ちの女性客が寄り添うように 品定めをしていた。 『香彩堂』は5年前に他界した旦那と二人で始めた 御香と香道具を扱う店。 今年で創業47年になる。 お客はお馴染みさんばかりで、木屋町筋に面した猫の額ほどの 狭い店内に一見さんが訪れるのは極稀な事。 「ようこそ、おこしやす」 私が声を掛けると、揃って頭を下げた。 「姉さんいつものヤツね」 和坊が額の汗をふきふきレジの前までやって来る。 「走って来たんか。和坊」 私の言葉に少し照れながら 「”和坊”は止めてや。俺もう28やで」 ”和坊”コト 乾和樹(いぬい かずき)くん。 彼の妹の千春ちゃんが孫娘と同級だった為、中学生の頃から よく見知っていた。 なので、今でもつい昔の名残でそう呼んでしまう。 「せやったら”姉さん”かて気恥ずかしいわ。  うちももうすぐ古希祝いの歳になるんやから」 「ほんまに?うちのお袋よりも若こぅ見えるわ」 そう言いながら爽やかな笑顔を浮かべた。 近所でも”イケメン”で知られる和坊の微笑みは老嫗(ろうう)でも思わず どきっとさせられる。 最近筋向いにある金物屋の娘、ひなのと別れたらしいと 噂で聞いていたが存外元気そうだ。 「ばぁちゃん。  お母さんが錦市場に行くけど、何か()ぅてきて欲しい物は  無いかって・・」 孫娘の優香が奥から顔を出すと、和坊は切れ長の目を大きく見開いた。 「優香ちゃん、帰ってはったんか」 「和ちゃん!久しぶりやね」 優香は、スラリと伸びた長い脚をミニスカートから覗かせながら 店先に姿を現した。 私の娘時代にそっくりな別嬪さん。 和坊と並ぶとまるで一枚の絵画のように美しい。 私は密かに、このふたりが恋仲になってくれる事を望んでいた。 「有休がたまってたから、思い切って長期休暇を取って夕べ帰って来たんよ」 絹のように艶やかな黒髪を耳にかけながら、優香が微笑む。 地元の大学を卒業した後商社に勤め、今は東京でひとり暮らしをしていた。 私は鼻の頭に皺を寄せ孫娘を睨んだ。
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