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彼女が現れた瞬間、引き寄せられるかのように誰もがそこを見ていた。
突如として城壁に仁王立ちで現れた少女。
腰まで届く跳ね放題の、しかし透き通るような蜂蜜にも似た金髪。猫のような大きな瞳は髪と同じ色に輝いている。
袖のない純白の衣は膝下まであるはずの裾が膝上で無造作にまとめて括られている。その輝くような白と金は包まれた小麦色の肌を一段と際立たせた。
少女は魔猿の群れを背に微塵の怯えもなく、この殺伐と乱れた場にあって微塵の汚れも無かった。
「あなたは、いったい」
そばにいた男が聞いた。自分の娘ほどの少女に対して、しかし何故かぞんざいに扱うことは許されないという意識が強く働いていた。
「アタシは【聖女】だ」
少女の名乗りに兵士たちがざわめく。この世界にただ【聖女】とだけ名乗るものはひとりしか居ない。
「おい、そこのアンタ。そう、いい鎧着てるアンタだよ」
少女は場のざわめきなどお構いなしにひとりの男を指さす。金髪を刈り上げた若い男。精悍な顔つきに生真面目そうな表情。城壁を守る兵士たちの中でも目に見えて作りの良い紋章入りの鎧を身に纏っている彼は一目で地位の高い者だと知れた。
「この場においてアンタだけが救いを求めず力を求めた。だからちょっと興味が湧いてさ」
男は呼ばれるままに、神妙な、緊張感の溢れる顔で少女の前に出て膝をついた。
【聖女】と言えばこの世界を創造した神のひとり、だと言われている。しかし当然ながらその姿を見たというものはほとんど存在しない。
平時ならば、彼女の言葉を真に受けるなど馬鹿げていると誰もが思ったかも知れない。けれども男は自然とそうしていた。それが今この状況だからなのか、そうではないのか、周りの兵士たちにも本人にもわからなかった。
「ラインハルト・フォン・ワッツフォードと申します」
「国家紋章入りの鎧とその名前、職業騎士だな。いいぜ、なんか言ってみな」
促されたものの、ラインハルトはちらりと背後を伺った。彼と同じように紋章入りの鎧を身に纏った、しかし彼以上に年季の入った男。この城壁を指揮する騎士団長を差し置いて勝手に話を進めても良いものだろうか。だが、それは即座に少女に遮られる。
「おいおい今はアタシと喋ってんだ。他のヤツのご機嫌伺ってんじゃねえよ」
ラインハルトはびくりと身体を硬直させて視線を落とした。本能が彼女の機嫌を損ねてはならないと警告を発している。
「失礼、しました」
おそらく、この機会を逃してはいけない。意を決して視線を上げた。
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