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刻印。神に見初められた勇者には刻印と共に強大な力が与えられるという伝承が存在していた。その力は人間が努力や才能で到達出来る範疇を遥かに超え、歴史の中では国家の興亡を左右したことも少なくない。
ラインハルトの周囲では、いつの間にか他の兵士たちの全てが同じように膝を折り、頭を垂れていた。魔猿の金切り声すらも今は遠く聞こえるかのような静寂が城壁の上を支配する。
突然現れた場違いな少女が【聖女】であることに疑いを持つものは、いまや誰ひとりとしていなかった。それはもしかしたら、偽りであれば自分たちには死の運命しかないという極限状態だからこそだったのかも知れないが。
「その言葉に嘘偽りは無いな?」
「騎士の誇りに誓って」
念を押す少女の言葉にはっきりと返された声からは固い意志が込められていた。
「いいだろう、顔を上げな」
言われるままに上げた顔の両側に細い手が添えられ、腰で身体を折って顔を寄せた少女からそのほほに口づけが与えられる。さらりと流れた豊かな金髪がヴェールのように一瞬ラインハルトを覆い、彼女が身を起こした時には口づけを受けたほほにしるしが刻まれていた。
膝をついたまま忘我の表情を浮かべる男の前で再び仁王立ちになった少女が両手を広げる。
「さあ刻印は成った。これからは誰もその不意を打つことは出来ない。誰もその守りを崩すことは出来ない。誰もその一撃を妨げることは出来ない。誓約としてアンタがアタシに操を立て続ける限り、何者もこの祝福を侵すことは出来ない。アンタは【聖女の勇者】だ!」
その宣言に全員が息を呑んで沈黙するなか、呆然と彼女を見上げていたラインハルトが弾かれたように駆け出した。さも当然といった表情で視線も向けない少女の脇を抜け、城壁の外へ向かって飛び出す。
突然のことにぎょっとして向けられた兵士たちの視線の先、そこには今のやり取りの隙に城壁をよじ登って来た魔猿の姿があった。今にも城壁の上に乗り込もうとしていた魔猿は、しかし剣で口から後頭部へと刺し貫かれて一撃で息絶える。
そのまま壁外へ飛び降りたラインハルトを追って兵士たちが壁際へと殺到した。といっても後に続くわけではない。城壁の高さはゆうに大人の男四人分以上あり、よほど身軽な者でも落ちれば命に関わるだけの高さがあるのだ。
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