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右心房の指差す先。闇夜に浮かび上がる輪郭のはっきりしない灯。
「ひっ、ひとだまっ」
「ひえーーーーーっ」
抱き合うふたりは心臓発作寸前だ。腰くらいの高さの左右に揺れる灯が近づいてくる。
「おやおや、こんなところに人がいる」
それは提灯で、それを持った男は奉行所の役人のように見える。
「しかもふたり」
右心房左心房は抱き合ったまま涙と鼻水を流していた。
「なんだよ、お役人様かよ」
「おどかさないでくださいよ」
「おやおや、勝手に驚いたんじゃないか」
肩を上下に動かす役人。
「こんな夜更けに出歩いてたら辻斬りにあっても文句はいえないね」
役人はこれといった特徴もない顔立ちをしていた。雛人形顏とでもいうのか、江戸時代の役人には珍しくない顔形なのか。
「お、お役人様は、見廻りですか」
「そういうあんたたちはなにをしてたんだ」
「なにって……」
「なにって……」
心臓たちのデュエット。動悸は落ち着いてきたようにみえるが、まだひっついている。
「見てごらん。今宵は満月だ」
役人は刀を抜いて見せた。刃に月明かりが反射して一瞬明るくなったような。
「綺麗じゃないか」
「そ、そうですね」
左心房が役人に話を合わせてみせるが、右心房が着物を引っ張る。
「いこうぜ、もう立てるだろ」
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