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「おまえたち、送ってやろうか」
ようやく立ち上がった心臓たちに抑揚のない役人の声が注がれる。抜刀したままだ。
「ひええええええええっ!」
右心房が悲鳴をあげた。つられて左心房も「ギャッ!」と言う。
「今度はなんなんだよ」
「つ、つ、つ、辻斬り!」
右心房が指差す方向にもうひとつの提灯。近づいてくる長身で胸板の厚い男は連獅子のようなボリューミーな頭に黒い着流し。肩には白い猫と黒い猫を乗せている。
「妖怪だ!」
左心房も素直な感想を述べた。
「お役人様! ひっ捕らえてください!」
「お役人様! 退治してください!」
どっちも正解のように聞こえる。役人は細い目をできる限り見開いた。
ボサボサ頭と暗闇で顔がよく見えない男はかったるそうに大あくびをして。
「おまえら、あっちいけ」
と心臓たちに向かって追い払う仕草をした。
「死にたくなければこの場から去れと言っている」
右と左は顔を見合わせた。頷きあって意思確認。辻斬りでも、妖怪でもこの場にいたら殺される確率は100%。
「ふあぁぁあぁああっ!」
「お助けを!」
ふたりは肩を組んだまま走りだした。二人三脚なら一等賞の旗をもらえるスピードだ。
「早いなぁ」
遠ざかる足音に耳をそば立てる着流しの男。
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