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「そうだな、痛ぇ。だけどよ、痛いのは生きてる証拠だ。ありがてえって思うぜ」
「遠藤さんは、梯子を降りないですよね」
「おうよ、俺ァ駆け登ってやるぜ。絶対に諦めねえよ」
兵衛はにっと笑って親指を立てた。蒼十朗は笑い返したが、兵衛の枕もとから一歩引くと、畳に両手をついた。
「遠藤さん、お願いがあります」
「なんだ?」
「佐久間先生の阿片の件、お目こぼし願えませんか」
兵衛は口をへの字に結んだ。
「すでに阿片は処分しています。もう決して入手しないと約束してくれました。そもそも治療のためにしか使っていなかったんです」
「しかしなあ、宣昭が持ち出して売っぱらってたんだぞ」
「宣昭さんも二度目の持ち込みはしませんでした。本人も反省しています。宣昭さんはこれから貞家先生を手伝って立派な医者になる方なんです」
兵衛は再び顔を腕の中に埋めた。
「遠藤さん、お願いです」
「そういやあ、牧野の中間部屋のやつら、賭場の諍いでずいぶん怪我人が出たってなあ」
腕の間からくぐもった声がもれた。
「牧野の殿様はずいぶんおかんむりで、賭場に関わったやつら、全員放逐したらしい。これで阿片の件も取り調べできなくなっちまった」
兵衛は顔をあげると渋い表情で蒼十朗を見上げた。
「もともと俺らの仕事は新八殺しだ。それが解決したなら他のことはしらねえよ」
「遠藤さん」
「だいたい俺ぁ、宣昭のやろうがお早登さんの長屋に転がり込んでいたって聞いただけで、もう熱があがって他のこたあ考えられねえよ」
兵衛は視線を蒼十朗の後ろの庭に向けた。
「見ろよ、紅葉が真っ赤になってきたぜ」
秋空にくっきりとした赤が輝いていた。
終
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