47人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
終、
「つまり新八殺しの下手人は女房のお藤だったっていうのかい」
布団にうつぶせになっている兵衛は組んだ腕の上に顔を乗せて言った。蒼十朗に背負われ医者に担ぎ込まれたあとは、八丁堀の組屋敷で終日横になっていた。
「はい、新八とお藤の家を調べましたら、行李からこれが出てきました」
蒼十朗は懐から手ぬぐいに包んだものを出した。その中には血で黒ずんだ包丁がある。
「お藤の仕事先は菓子屋でした。そこはきなこ餅が名物です」
「きなこ餅なあ」
「あの香ばしいような甘い匂いはきなこの匂いだったんです」
兵衛は鼻先にある包丁を手で押しやった。蒼十朗は元通り手ぬぐいで包むとそれを懐に入れた。
「お前の言う通り、お藤の仕事先へ先に行っていればよかった。そうしたら事件はその日のうちに解決したし、俺もこんな怪我をしなくてすんだんだ」
兵衛は腕の中に顔をいれて嘆いた。
「漆喰長屋で聞いてきました。新八は毎日のようにお藤に暴力をふるっていたそうです。お藤の顔に痣がない日がなかったとか。お藤はもう耐えられなかったんでしょうね。あの朝早く新八を川へ連れ出し、刺したのでしょう」
蒼十朗はしょっぱいものでもなめたような顔で告げた。
「包丁を行李に隠し、血の付いた着物を着替えて仕事先に行った。でもきっと殺しのことで心がどこかに行っていたんでしょう。暴れ牛にひっかけられる前、ふらふらしていたお藤が現場で見かけられています」
「なんてこったい」
兵衛はため息をついた。
「貞家が言ってたっけ。医者は患者の生死に梯子をかけるだけだって。お藤はもしかしたら梯子を昇ることを諦めていたのかねえ」
兵衛は顔をしかめた。蒼十朗がからだを傾けて覗き込んでくる。
「背中が痛みますか?」
最初のコメントを投稿しよう!