居眠り狼

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「お前ぇ、昨日の夜、辻斬りを捕まえたそうじゃねえか」  兵衛は横目で蒼十朗を睨んだ。 「はい、飯屋から帰る途中、たまたま出くわしたんです」 「麻布にまで飯を食いに行ってたのか?」 「食事をしたあと、遠野先生に借りた書物を返しに行ったんです。その帰り道でした」 「最初からそう言え、馬鹿やろう。回りくどいな、茶だって冷めて干上がっちまわぁ」  兵衛はずずっと茶をすすった。 「しかしやっとうの下手なお前ェがよく捕まえられたな」  蒼十朗は湯呑みの中に視線を落とした。 「はい、幸い私より下手だったんです」 「ホントかよ。よくそんなんで辻斬りなんて思い立ったな」  兵衛が呆れかえる。蒼十朗の剣術下手は奉行所でも有名だった。 「まったくです」  蒼十朗はのんびりと答える。兵衛は後輩の顔を見た。  穏やかで眠たげな顔だ。これで目がぱっちりと開いて、顔つきがきりりと締まれば多少は色男の部類に入るのかもしれない。  背はうらやましいほど高いが、ひょろりとして柳のようだ。一緒に町を回るようになって二月たったのに、全く日に焼けない白い顔。二〇歳だが若者の覇気が感じられない。  この歳で同心の見習いとはあきらかに遅い。  兵衛の先輩に当たる先代の朧真一郎には同心のあとを継ぐ男子がいなかった。蒼十朗は遠い親戚の縁で去年朧家の養子に入ったのだ。  本来なら義父の朧真一郎が見習いとして引き連れるはずなのだが、蒼十朗が養子になってすぐに亡くなっている。あるいは自分の死を予感して蒼十朗を養子にしたのかもしれない。  亡くなる間際、蒼十朗をくれぐれも頼む、と兵衛は真一郎に言われていた。 優秀な同心だった真一郎を尊敬もしていたし、駆け出しの頃世話になっていたので、「任せてください」と兵衛は胸を叩いた。  しかし蒼十朗は剣を使わせればへっぴり腰だし、縄術も上達しない。
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