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「す、すいません」
と言ってすぐに傍らの文庫本を手に取りそれに目をやった。オジサンは葉巻をキリキリと噛みながら破顔すると、
「はは、そんな真に受けてもらっても困るべな。お嬢ちゃん、あんまり見ない顔だな。ここら辺の子か?」
琴美は本から目を逸らすとはにかんで頷き、
「はい。最近、この辺りに、引っ越して……きました」
とか細い声で途切れ途切れに答えた。
「ふうん、そうなんか。名前は?」
「篠田琴美、です」
「良い名前じゃの。歳は?」
「十二、あ、いえ、もうすぐ十三歳に、なります」
「ほうほう。じゃあ中学生かね?」
「はい、中学一年です」
「良い学年だの。年頃だ。お、ずいぶん厚いレンズのメガネだけど、目ぇが悪いんか?」
「はい。両方とも視力が0.1以下なんです」
「良いメガネでのぉ。コンタクトじゃない所にこだわりを感じるわい。うんうん」
オジサンは一人頷首(がんしゅ)し満足げ。
噂通りのインチキ臭い口調に、いちいち「良い」という形容詞を交えて、琴美の答えに応じるオジサン。一方、オジサンが喋るたびに饐えたような口臭が琴美の鼻を掠るが、その意味不明にも「良い」という冠言葉を添えて返してくれるオジサンに、彼女は疎ましい感を抱かなかった。
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