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8話 巌流島の決闘
武蔵は手のひらに、人という字を書て、飲み込んだ。
すると船頭が「旦那、そのまじない、船酔いには効きませんぜ」と言った。
「いやいや、やって見なければ、うぷっ、分からんだろう」武蔵は青ざめた顔をして、今度は手のひらに、舟という字を書いて飲んだ。
「いやいや駄目でしょう。それに舟って…あんた」
船頭は呆れて何も言えなかった。
すると武蔵は「うげー、はあはあ、もう駄目、もう駄目だ」弱々しく言った。
「帰ります?旦那」船頭が訊いた。
「い、いや、そこの小さな磯に着けてくれ」武蔵はまるで、酔い潰れたOLがタクシーの運転手に無茶を言うように、磯に向けて指を差した。
「波がきつくて無理ですよ」船頭は、右手を左右に振った。
すると武蔵は、二本の木刀を杖代わりに、ヨロヨロと腰を上げながら「やって見なければ…うわあっ!」
と舟が大きく揺れ、大きく叫んだ。
「木刀が、木刀があー!」
何と弾みで海に落としてしまったのだ。
武蔵は、無情にぷーかぷーかと浮いている、二本の木刀に手を伸ばしている。
「ありゃ無理ですな。旦那」船頭もまた無情だった。
「うげーうげえ!」武蔵は四つん這いになりながら呟いた。「もういや、帰ろかな」
そして海に浮かぶ、木刀をじっと見つめていた。
その頃小次郎は。
「武蔵のやつ。おそーい!」
腹の虫を我慢して、武蔵が来るのを待っていた。
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