2人が本棚に入れています
本棚に追加
3話 ごめんね お母さん
私は仕事から戻ると、母の顔も見ずに自分の部屋に閉じこもった。嫌なことがあると、いつもそうしてしまう。布団を頭からかぶって泣いていると、襖を開けて母が入ってくるようだ。
「泣いているのかい?お前なら大丈夫さ」
我儘な私に、母はいつも優しかった。
私は昔の事を思い出していた。
子供の頃、母が買って来てくれた洋服を「色が嫌だ」と駄々をこねると、隣町までわざわざ交換しに行ってくれた。
嫌いな野菜を食べさせようと、何時間もかけて煮込んだカレーが美味しかった。
学校の帰りが遅くなると、玄関の前で何時までも待っていてくれた。
そして卒業式の晩、二人で初めてレストランでご飯を食べた。母はお腹が減っていないと、一人コーヒーだけ飲んでいた。
「ごめんねお母さん」
母は「いいんだよ」と優しく言った。
就職祝いにブローチを貰った時「こんなダサいの要らない」と言った私に「ごめんね」と謝っていた母の寂しげな顔。昔に亡くなったお父さんから、プレゼントされた物だったんだね。
母が倒れた時も、私は友達と飲み会だった。
「ごめんねお母さん」
母は「いいんだよ」と優しく言った。
朝、眼が覚めると、私は仏壇の前に座った。
仏壇に飾られた、去年亡くなった母の顔がそこにあった。
「ごめんねお母さん。行ってきます」と私は両手を合わせた。
母は「いいんだよ」と言うように、優しく微笑んでいた。
終わり
最初のコメントを投稿しよう!