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愛子は憂鬱な気分で指定された喫茶店を目指す。
事の発端は昨日、彼から来たメールであるり正確には彼の妻からなのだが。
愛子は愛人契約サイトで男と知り合い、交際した。つまりは既に人のものと知りながら交際したのだ。
「あーぁ、着いちゃった……」
愛子は喫茶店の前でため息をついた。
(確か淡い緑のカーディガンだっけ?)
愛子は目印となるカーディガンを着た女性を探した。
彼女は奥の席に座っていた。服といい、怒りと悲しみに満ちた表情といい、間違いない。あれは男を取られた女の顔だった。
「お待たせしました、愛子です」
愛子は自己紹介をして軽く頭を下げると、女の前に座った。
「あの人の妻の里美です」
彼女は心底悔しそうな顔をしながら言う。
「単刀直入に言います、あの人と別れてください」
里美は茶封筒を愛子の前に置いた。
(手切れ金ね……。こんなのいらないのに)
愛子は茶封筒を里美の前にスライドさせると、手帳を取り出した。
「手切れ金なんていりません。ただ、私の話を聞いてください。よく愛は真心、恋は下心って言うでしょう?」
愛子はそう言いながら“愛”という文字と“恋”という文字を少し離して書いた。里美は怪訝そうな顔で手帳に書かれた文字を見る。
「でもね、こうやって“人”を足すと、ね?」
愛と恋の下に“人”と書き足す。すると愛は愛人に、恋は恋人になる。
「里美さんは妻になる前はあの人の恋人だった、そして私はあの人の愛人……」
愛子はそう言いながらそれぞれを丸で囲む。
「何が言いたいの?」
里美は怒りで潤んだ目で愛子を睨む。
「つまり、私があの人に近づいたのは下心なんかじゃないんです。真心です」
愛子は恋の心にバツをつけ、愛の心を丸で囲った。
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