明日の影

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 佳子の愛車は駅から徒歩十五分の煉瓦調の外観を施した賃貸マンションの駐車場に止まった。佳子はエレベーターに乗り最上階の十階に上がる。  部屋のドアを開けると、愛犬のナナがこれでもかというほどに、しっぽをふってご主人の帰還を喜ぶ。ナナは立ち上がって佳子の膝にしがみつき全身で甘えた。佳子はただいまと言ってナナを抱きかかえた。温もりが、冷えた体を芯から包んでくれる。 「きもちいいなー。ナナは」  二十九歳独身、恋人なしの佳子にとって、ナナは心の隙間を埋めてくれる大事な存在である。  今から三年前の夏、佳子は研修生時代から付き合っていた一つ年上の彼氏と別れた。大まかな原因は価値観の違いであった。たしかに佳子にとっては研修時代からの付きあいで、これからも共に人生を共有していきたいと思っていたわけだが、いちど狂った歯車は簡単には直せなかった。  去りゆく季節のなかで冷たい風が心の隙間を吹き抜けてゆく。佳子は失恋の傷も癒えぬまま、日常生活を時間に流されるまま過ごしていた。     
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