明日の影

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 そんなある日、買い物途なかでなにげなく寄ったペットショップを散策していると、他の子より少し大きめの真っ黒なワンコを見つけた。値札を見ると他に陳列されている子犬よりだいぶ安い値段が付いていた。説明書きにはケアーンテリアのメスとある。その子犬は佳子の視線が気になったのか、尻尾を大きく振って愛想をふりまいた。佳子は胸の奥をくすぐられたような、こそばゆい感じを抱いた。  佳子は店員に頼んでこの子を抱かせてもらった。胸のなかに収まるこの暖かさはいったいなんだろうと思いつつ、佳子の気持ちは固まっていた。  それからの行動はすばやかった。ペットを飼うのは生まれてこのかた初めてだったので、店員に色々説明を受け、後日引き取りにくるまで今まで住んでいたアパートを引き払い、家賃は高めだがペットと暮らせるマンションへと引っ越した。  その日からナナは佳子のかけがえのない家族となった。やんちゃ盛りの子犬との生活は失恋により喪失した隙間を埋めてくれるのには充分であった。  佳子は足下にすがりつくナナに注意しながらパスタを茹でる。隣の電気コンロで固形のクリームシチューを湯で溶かす。茹で上がったパスタを皿に盛り、その上に溶かしたシチューの素とツナを盛り合わせる。最後の仕上がりに白ごまをふりかけ、香りと栄養素を補った。残ったツナはおねだりするナナにドックフードに混ぜ分けてあげた。  ながら見するテレビに、自分のご飯を食べ終わってご主人様のをおねだりするナナ。この平凡なひとときがなによりの幸せだと佳子は感じていた。       
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