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「……さん」
ふわふわした意識の中、遠くで、耳に心地よく残る、少し低めの声がする。
……あぁ、私、この声好きだ。
夢見心地で、呑気にそんなことを思う。
「お客さん!」
終いには大きく肩を揺さぶられ、私は夢から現実へと帰還した。
こじ開けた瞼はいまだ重く、今にも再びくっついてしまいそうだ。
「すみません。もう閉店なんで、起きてもらえますか」
それだけはなんとか避けることができたものの、頭の中はまだ、ぼんやりと霞がかっていて、現状を理解するのに30秒ほど時間を要した。
……そうだ。
ここは、ふらりと立ち寄った小さなバー。
イケメン店主がお出迎えしてくれて、テンション上がって、その数十分前にフラれたことも手伝って、ついついお酒を飲みすぎてこのザマだ。
「すみませんけど」
起きたんならさっさと帰れよと言いたげな溜め息と共に、店主は私を急かす。
「ご、ごめんなさい。えっと、お会計……」
勢いよく立ち上がった私は、自分がとんでもないミスを犯したことに気付いてしまった。
一気に目は覚めたけれど、今度は血の気が引いて、もう一度、意識を失いそうだ。
いや、むしろ失ってしまいたい。
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