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「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
店のドアが開くと、現れた人影に笑顔で問いかける。
2年付き合って、ほぼ同棲状態だった恋人と別れて1週間。
もっと引きずって、悔やんで、毎日のように涙するのだと思っていた。
けれど意外にも、心はさほど荒むことなく。
自分で思っていたよりもずっと、2年前の熱はだいぶ下がっていたのかもしれない。
同じ温度を保つのは難しくても、まだあると思っていたものがないと分かると、彼がいなくて悲しいと思う気持ちよりも、あの熱をなくしてしまった自分に落胆する気持ちの方が強かった。
でももしかしたら、もっとあとに時差的に、それは襲ってくるのかもしれない。
とりあえず今は、それどころじゃない。
「いやー、助かるよ。ありがとうね、りりちゃん」
カウンターに水の入ったグラスを2つ並べて、宇佐美さんはにっこりと笑う。
私はそれに、物言いたげな視線だけを返す。
私は今、臨時のアルバイトとして、彼のお店を手伝っている。
なぜこんな状況になっているのか。
それは、恋人のふりをすると決まった直後のこと。
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