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「遅くなったし、送るよ」
閉店作業を終えると、上着に袖を通しながら、宇佐美さんが言った。
「大丈夫ですよ、ギリギリ終電に間に合いますし……」
「ダメダメ。きちんと送り届けるのが、恋人の役目でしょ」
……なんだ、ちゃんと恋人のこと覚えてたんだ。
なんて、少しホッとする自分に内心焦る。
「なーんて。ごめんね。えらそうなこと言っておきながら、いつもは一人で帰らせてるのに」
「その分早く帰らせてもらってますから」
申し訳なさそうに言う彼に、私も同じように笑い返す。
次の日の仕事のことを考慮して、帰りがあまり遅くならないよう言われていて、アルバイトなんて言っても、せいぜい2時間くらい。
なんの手助けにもなっていないのが本当のところだ。
「大して役に立ってなくて、申し訳ないです。まかないいただきに来ているようなもので……」
「助かってるよ。とっても」
少し卑屈になる私の頭にそっと大きな手を乗せて、彼は優しく、言い聞かせるように言う。
たちまち、認められたという充実感に満たされるから、彼の言葉やその所作は不思議だ。
「ほら、一樹も。行くよ」
「いいよ、俺は」
「ダメだっつーの。お前も、俺の大事なスタッフなんだから」
今度は一樹くんの肩に腕を回して、けらけらと笑う。
その姿はふざけ合う子どもみたいで、ふっと口元がゆるんだ。
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