127人が本棚に入れています
本棚に追加
車が行くのを見送っていると、発進したと思ったのも束の間、車はほんの数メートル先で停車して、勢いよく助手席のドアが開いた。
すぐに一樹くんが飛び出てきて、私のもとに駆け寄ってくる。
「えっ、なに?どうしたの?」
状況を理解できずに首をかしげる私と、何度か口を開いては言葉を詰まらせ、視線を泳がせる一樹くん。
気まずさのあまり、やたら長く感じる沈黙に、ぎこちなく笑ってみせる。
「……違うから」
「え?」
「別に、怒ってないから」
「う、うん」
いきなり何のことかと、疑問に思いながらも頷く。
「……それだけ。じゃあ……おやすみ」
「お……おやすみ、なさい」
やっぱりいつもの、どこか不満げな表情でそう言って、彼は足早に車へと戻っていく。
その後ろ姿を見送りながら、彼の言葉の意味を探る。
「あ。もしかして、さっきの……」
何か怒っているのかという私の問いに、彼はずっと答えるタイミングを失っていたらしい。
それで、わざわざ……
彼の不機嫌そうな顔を思い出して、思わず笑みが漏れてしまう。
「なんだ、そっか」
途端にあの表情が、とても可愛らしいものに思えてくる。
なんだか気分もよくて、鼻唄混じりにアパートへと帰路についた。
最初のコメントを投稿しよう!