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「……そっか。じゃあ、新メニューの試食でもお願いしようかな?りりちゃんさえ良ければ、だけど」
「もちろん!私なんかで良ければ」
即答する私に、彼は「良かった」とにっこりと微笑む。
それはこっちの台詞だ。
この提案も、私を気遣っての、彼の優しさだと分かる。
もう何度、私は彼に救われただろう。
最初こそ印象は良くなかったけれど、彼に近付けば近付くほど、その優しさに触れて、彼の人となりを知る。
いつも彼の言動の裏側には、思いやりが隠れている。
彼に好意を寄せる女性の気持ちも、今ならよくわかる。
「ランチはもう済ませた?」
「いえ、まだ」
「じゃ、試食もかねたランチにしよう。ここのバゲット、美味しいんだ」
そう言って、紙袋に入ったバゲットを軽く掲げて見せる。
「いいんですか?」
「もちろん」
「楽しみです」
「その代わり、オープンの準備も手伝ってもらうけどね」
「ははっ、了解です」
彼の軽口に、心も口元も、自然とほころんでしまう。
偶然ふらりと立ち寄った店が、こんなにも私にとって大きな存在になるなんて、あの夜の私は思ってみなかっただろう。
なにか一つでも状況が違えば、なかったかもしれない今、この現状に、私は心底感謝していた。
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