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「1年以上会ってないのに俺が最優先じゃないんだ? いろいろお預けですか、そうですか」
「そうじゃないよ、 だって来るなんて知らないし現実味がないし玄関にはママがいるもんだと思ってたし……このあとホームステイする女の子も挨拶に来るって聞いてたから情報過多でわけわかんなくなってるだけなの」
もう何をしゃべってるのか自分でもよくわからない。それなのに悠君は優しく表情をゆるませた。
「俺言わなかったっけ? ママからも聞いてるもんだと思ってた」
ふるふる。
首を横に振った。
なんのこと?
知りませんけども。
「じゃあこれきっとママからのサプライズだね。だってここにホームステイするのって俺だもん」
「アメリカ人の女の子じゃなかったんだ!」
悠君が言うには、行くはずの大学の教授がこっちで教鞭を振るうことになったから、そっちを受けるために帰国することになったらしい。
そういえば女の子だなんて一言も言ってなかったかも。
まんまとやられた。
あんな塩対応でこんなサプライズを仕掛けてくるなんてどういうつもり?
ママのやつ!
悔しいけど大好き!
でもなんで?
悠君は事前に話したよ、みたいな口振りだったけど。
とりあえずあったかいリビングにやってきた。悠君は空を渡って来たとは思えないくらいリラックスしてるし荷物も少ない。ていうかたぶん荷物より先に着いちゃった感じだ。
しかもまたちょっと背が伸びてるし、ちょっと大人っぽくなった気がする。
パソコンで対面するのと実物とじゃこんなに違うんだ。まぶしすぎて直視できないよ。
彼氏に対して人見知りを発動するなんて思わなかった。
私だってできればかわいい自分で再会を果たしたかったな。今これ寝起きのまんまだもん。悠君にあったかいミルクティーを差し出すのが、少しぎこちなくなった。
「早く知らせてくれたら 空港まで迎えに行けたのに」
「話したつもりだったけど……もしかしてあのとき沙羅、寝落ちしたっけ」
「寝たの、私……?」
頭を抱えた。
確かに寝落ちはしょっちゅうだったけど、そんな大事な話の途中で寝てしまったなんて……記憶になくて当然じゃん。
言い訳させてもらえるのなら、お互いの自由時間に合わせたら、どちらかがたいがい深夜になったってこと。
ネトゲしたりも楽しいけど用もないのに普通に話すのも好きで、何より1日の終わりに聞く悠君の声は特別に心地よかった。
いつだってどんなつまらない話だってちゃんと聞いてくれるから、満たされて安心して結果寝てしまうという……確かにこれを繰り返してた気がする。
悠君の話なんかちっとも聞いてなかったんだと、かなり反省。素直になれない私が遠距離恋愛なんてものを続けられたのは、相手が悠君だったからなんだね。
「……寝ちゃってごめんね」
「そんなの気にしたことないよ。沙羅の寝顔好きだし」
面と向かってのあまあま攻撃は刺激が強すぎる。遠距離くらいがちょうどいいのかもしれない。
あと私、現実のイケメンに対する免疫力が落ちてる気がする!
「髪伸ばしてたんだ?」
「あっ、うん。はい」
なんだこのつたない返しは。幼児?
あっそうか。
画面越しで一緒に勉強するときは、気合い入れのために髪をてっぺんで巻いてたから気づかなかったんだ。
「そう、伸ばしてたの」
だって悠君に、沙羅の髪が好きって言われたことがあったから。
そう素直に言えたら可愛いのに、この期に及んでもやっぱり言えない。
ほてったほっぺたを隠そうと顔を背けたら、寝起きでぼさぼさの髪にふわりと悠君の指が触れた。
「なんで顔隠すの? ちゃんとこっち向いて?」
こわごわ振り向いたら目の前に悠君がいた。
ほんとにほんとの悠君がいる。
自分の胸が高鳴る音がした。
「やっと会えたね」
「うん、やっと……」
導かれるみたいに、悠君に手を伸ばした。
「もう離れるの禁止にしよっか?」
「……うん」
ふわりと抱きしめられて、ふぬけになる。
声も体温も匂いも……目の前にいるのはまぎれもなく悠君だ。
あんなに意地悪だった時差や距離を、こんなにもあっさり埋めちゃうんだ彼は。
「すっげー会いたかった」
「私も」
悠君の胸に思いっきり抱きついた。
「寝癖まで可愛いとかありえないから」
髪を撫でながらはにかむ笑顔に、手が届いてしまうなんて。
「悠君、ほんとにもうどこにもいかない?」
「行かないし、行ったとしても必ず沙羅のとこに帰ってくるよ」
嬉しすぎて、瞬きもしないで悠君を目に焼き付けた。
「ちゃんと着けててくれたんだね」
胸元のリングをそっと手ですくう。
「当たり前じゃん。お守りだし宝物だもん」
ずっとこれに励まされてきたんだよ、離れている間。
「指につけたら校則違反?」
「わかんないけど、没収されたらやだから」
そう、だからここで大事にあたためてたんだ。それなのに、悠君は私の首からそっとチェーンを外してしまった。
「どうしたの?」
「ふたりのときは、ここにはめてて?」
チェーンからリングを外すと、それを左手の薬指に着けてくれた。
「そっか。うん、だね」
指につけると、ペンダントのときよりもずっとキラキラして見える。
「俺、沙羅をお嫁さんにするから。願いは口にしないと」
「じゃあ私は悠君のお嫁さんになるね」
胸がいっぱいになって、また悠君の胸に飛び込んだ。
「寂しかったぶん、いっぱいかまってくれる?」
「当たり前じゃん。でも受験勉強はスパルタだからね」
「ぜんぜんそれでいい!」
絶対合格する!
今まで以上に勉強頑張る!
そして、悠君にふさわしい女の子に……ううん。大人の女性になるんだ。
「じゃあ、覚悟だけしといて」
「……覚悟って?」
聞き返したら、悠君はあのいたずらな笑顔を見せた。
「もうブレーキかけないから。王子様は想像以上に甘々だから、とろけちゃっても文句言うなってこと!」
*End*
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