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 一週間程前に「ごめん、寝てた」というメッセージが昼に届いたことがあった。さすがに朝起きた時どころか出社してもなお既読がつかなかったので、いよいよあたしの執念とか怨念みたいなものが、彼を呪い殺してしまったのかとさえ思ったが、それはそれで溜飲を下げた。しかし、それから、その「ごめん、寝てた」が、ほぼ毎日である。  これにはもう、あらぬ想像が膨らむばかりだ。彼の言う「寝てた」はそういう意味の「寝てた」じゃなく、いろんな意味で「寝てた」なのではないか…とか、本当は寝てなくって単純に返事を返したあとから始まるキャッチボールが面倒なだけなんじゃないか…とか、水道の蛇口を力いっぱいひねった時みたいに、あたしのマイナスな妄想は止まらない。一度、今から彼の家の前まで行って電気が消えているか見てこようか、とも思ったことがある。しかしながら、彼の家は地下鉄でいくつも先の駅が最寄りだし、そもそもその時間はもう既に終電が行ってしまっていた。  こんなに悩むくらいだったら、歩いてでも彼の家を見に行っていればよかったかもしれない。そもそも、なんであたしは、他人のことに対してこんなにも悩んでいるんだろう。どうせ、彼とあたしの気持ちの大きさがイーブンになることなんか、ないのに。  そうだ。彼は彼であって、あたしではない。所詮は、違う命と意志を持った、他人なのだ。腹の空くタイミングとか、トイレに行きたくなるタイミングとか、ありとあらゆるタイミングが、あたしのそれとはリンクしない。時折、ものすごく低い確率でそれがつながったとき、あたしみたいなバカ女は「運命?」とか、自分にとって至極都合のいい解釈をしてしまう。つまりは、人と人とは、どんなに頑張ってもひとつにはなれない、哀しい生き物だ。  ああ、そうか。じゃあ、たかがメッセージ一つにあたしがこんなに思い悩むことこそが、馬鹿らしいじゃないか。そうだそうだ。とりあえずメイクも落としたんだから、もう今日はベッドの上でゴロゴロすればいいんだ。そもそもメッセージを待つのだって、テーブルの上に横たわったスマートフォンを正座で睨みつけたりする必要などない。もっとのんきに、たまに腹をふにゅっとつまみながら、夜中にチョコレートを口に運ぶ背徳感を味わえばいい。どうでもいいけど、なんで夜に食べるお菓子ってあんなに美味しいんだろうか。
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