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よし、と呟いて冷蔵庫の扉を開けるために立ち上がろうとしたら、さっきまで睨みつけていた携帯が震え始めて、あたしは思わず、ひゅっとした。高いところから落ちるときとか、エレベーターが下がり始める時みたいな、あの感覚だ。
恐る恐る手にとってみると、画面に表示されていた名前は、あたしがさっきまで心待ちどころか一歩行き過ぎて呪い殺そうとしていた、彼だった。探し物は見つけるのをやめた時に見つかる、みたいな歌があったけれど、多分そんな感じだと思う。
出た。
「もしもし?」
〈ああ、もしもし。今、大丈夫かな〉
今もへったくれもない。はるか昔から大丈夫な状態にしておいたのに、放っておいたのはそっちだ。あともう少しで、精神的にも摂取カロリー的にも大丈夫ではなくなるところだった。精一杯平静を繕いながら、あたしは返答を吹き込む。
「大丈夫だよ」
〈うん。今からそっちに行っていいかな。明日、休みだし〉
「あたしの家?」
〈ああ〉
「三〇秒待ってくれるならいいけど」
というのも、あたしは完全に寝間着だったからだ。しかも、可愛いパジャマとかじゃなくて、Tシャツに、大学の時に入っていた部活のジャージという、御世辞にも男をときめかせるような服装とは言えない格好だったのである。
〈わかったよ。ぜんぜん余裕だ〉
「うん。じゃあ、あとで」
電話を切ったあたしは、とりあえずせめてもの抵抗だとばかりに、ジャージだけを、洗濯したてのスカートに着替えた。どうせもうメイクをする時間もなければ、気力もない。まして本当に三〇秒で来るわけもないし。
ピンポン。
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