イーオーティー

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 やがて、一年生後期の成績発表とほぼ同タイミングで発表された学科所属の結果は、俺は法律、沢口は商学の学科だった。沢口が同じ学科の男子と付き合い始めるまでに、それほどの時間はいらなかったと思う。  あの時、もっとうまく切り返せていたら、俺にとって初めての彼女は、沢口になっていたのかもしれない。そうは思っても、時に可逆性がない以上、全ては「もしも」の話でしかない。  はあ、なんだかなあ。一般教養の講義で、恋愛感情についても講義してくれればよかったのに。  今にして思えば、多分だけれど、きっと、そうだったのに。  可もなく不可もないなんて偉そうなことを言いながら、多分、俺は自分でも気づかぬうちに、心のどこかで、沢口に特別な感情を持っていたのだ。つい数日前に大学を卒業した今、ふいにあの日の出来事を思い出してしまったが、忘れてしまおうと思っても、今も忘れられない…というところが、それを裏付けていると思う。    空気を入れ替えるために開け放した窓の外から、あの日の沢口と同じような、花の香りがした。きっとこれから先も、この香りを感じるたび、俺は大学一年生のあの日のことを思い出すことになるのだろう。  不器用なうえに、臆病かよ。腹立たしい。  独り言を呟きながら、俺は大学の学位記を段ボールの奥に詰めて、引越しの荷造りを再開した。
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