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「どう、って言われても」
困惑した。人に無理強いされるのが好きではない俺は、自分じゃない誰かにそれをすることも好きではない。沢口が本当にやりたくてそうするのならいいのだけど、沢口の真意がわからない今、俺が話せることなんてあるだろうか。
「沢口、本当にそれでいいのかよ」
「あたしがいいって言ってるんだから、いいの」
「どういいんだよ、その、いい、っていうのは」
俺が案外反撃したからか、沢口は一瞬だけ言葉に詰まった。大きな瞳が一瞬だけ、虚空を仰いだ。なんと言い返すか考えていたのだろうが、その後の表情を読んでみた限りでは、おそらく有効な反論が思いつかなかったと見える。
「……うぅ」
うなった沢口は、ほんの数秒、かくん、と頭を垂れた。おい、と声をかけようとしたところで、頭を上げて、少しむくれたように、言った。
「だって、同じ学科に進めば、柄澤くんと一緒に講義受けたりできる時間が増えるでしょう」
「――?」
「そう思っただけだってーの。 ……この、ばか!」
沢口の手が、俺の肩をぐいと押した。俺がよろめいて、かろうじてベンチの端に手をついて、その場に転げ落ちるのを防いだのと同時に、沢口は鞄をひっつかんで、その場から小走りに去っていった。
誰かと一緒に過ごす時間を増やしたい、というのはつまり、なんとなくそういうことだというのはわかっているけれど、その相手がどうして俺なのか、ということは、その時にはわからないままで終わってしまった。
ただ、その中にひとつだけ、今の俺が過去の俺に述べることがあるとするならば、たった一言だけだ。
この、馬鹿が。
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