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「じゃ、Bのアタマの音、金管だけで」  先生が指揮棒で合図をだす。金管楽器のはなやかなハーモニーが音楽室中に広がる。その、頂点にのっかっている音。ぱあんと、のびやかでまっすぐに届く音。彬くんの音だ。  いちばん前列にいるクラリネットの私からは見えないけど、容易に想像することができる。彬くんが、背すじをぴんと伸ばして楽器を吹くすがたを。  ぺちん、と指揮棒が譜面台に当たる音がする。私ははっと顔をあげた。 「つぎは、全員で。聞こえたか? 有馬。ぜ・ん・い・ん・で」 「……すいません」 「集中しろ、集中」  はい、と返事をして深呼吸した。切り替えないと、みんなに迷惑がかかる。  隣に座る、パートリーダーの悦子が、心配そうに私の顔を覗き込んでいる。  先生が指揮棒をあげた。思いっきり息を吸う。楽器が鳴る。わずかに音が高い。先生はため息をついて指揮棒を下ろした。 「有馬、ピッチ。外でもう一回合わせてこい」  泣きたい気持ちを押し殺して、はい、と答える。  合奏が終わって楽器を片づけていると、悦子が私の肩をたたいた。 「大丈夫―? 雪乃」  ん、大丈夫、と笑顔をつくってみせる。悦子は何も言わず、私の頭をぽんぽんと撫でた。     
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