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「うー。でも、楽器吹いてるとめちゃくちゃおなかすくんだよねー」  悦子は眉間にしわをよせて、うんうん悩んでいる。  明るくて部のムードメーカーの悦子は人の心の機微に敏感だ。私が失恋から立ち直っていないことなんてとうに見抜いているのに、あえて何も言わないでいてくれる。 「あー。長谷部だー」  悦子の視線の先を見やると、土手の真ん中、川のほうへ向かって大きく両手をかざしている男の子がいる。 「ちょっと長谷部―。恥ずいからやめなよー」  叫びながら悦子が駆けだした。私は慌てて後を追った。  振り向いた長谷部くんは両耳に挿していたイヤホンを抜いて、後頭部を掻いた。面長の顔に、四角い黒いフレームのめがねがよく似合っている。 「エア指揮なら家でやんなよ、もう。恥ずかしいなあ」 「家では気分のらないんだよ」  長谷部くんはぶつぶつ言っている。 「指揮よりソロの練習したらいんじゃね?」  悦子が意地悪く微笑むと、長谷部くんはぐぐっと言葉を飲んだ。文化祭で演奏する曲のひとつに、アルトサックスの長いソロがある。長谷部くんが吹く。 「トラウマなんだよね。中二の時のコンクールで、あの曲でソロやってさ。大失敗したんだよな……。あーもう思い出したくもないっ!」     
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