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私を呼ぶ声に顔をあげた。長谷部くんが廊下側の窓枠から身を乗り出している。目が合うと、ほっとしたように笑った。
「音楽室で、鈴木さんが呼んでるよー」
絶妙なタイミング。助かった。
「ごめん、部活行ってくる」
佐奈ちゃんに手を合わせ、急いで支度をする。教室を出るとき、古賀さんのほがらかな笑い声が聞こえて、胸がちくんと痛んだ。
ひとの彼氏取っといて、佐奈ちゃんの台詞が耳の奥でリフレインする。
「悦子、何って?」
音楽室のある別館へ続く渡り廊下を歩きながら聞いた。
「いや、べつに」
長谷部くんの返事はもごもごと歯切れが悪い。
「有馬さんの様子見てこいって言われて。教室でも無理して笑ってんじゃないか、って」
思わず立ち止まった。長谷部くんは私から目をそらして、サックスをホールドするサスペンダーを指でもてあそんだ。
「鈴木さんの言う通りだった。俺、なんにも気づかなかった」
「いやいやそんな。ごめんね、余計な気、遣わせて」
悦子には何でもお見通しなんだ。浮かべた笑顔がひきつる。
ダメダメだ、私。早く立ち直らないと。悦子には心配かけるし、佐奈ちゃんだって、どんどん悪者になってしまう。
「うらやましいな」
長谷部くんがぽつりとつぶやいた。え? と聞き返すと、我に返ったようにびくんと肩をふるわせ、彼は、ごめん、とだけ言った。
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