23人が本棚に入れています
本棚に追加
序
人と獣を分かつものはなんであろうか。
言葉を交わすが人ならば、小鳥や蟋蟀も人でいい。
道具を使うが人だとすらば、毬を転がす猫もまた人となろう。
社会を作るが人というなら、狼とて蟻とても人となる。
人と獣を分かつのは、さて。
それは偏に、我は人との思い込みのみ。
人は獣と違うのだと、声高にのたまうのも又ひとのみ。
獣だろうか。
二足で自立しているものの総身艶やかな黒の長毛に覆われ、赤い口からは牙が幾本も飛び出ている。
爛々と赤く輝く目がふたつ。その大きな頭、如何にも獰猛そうな面構え。知性の閃きはその顔からは感じられない。
しかし人語を介す。のみならず、
「あるもん全部置いてけ、さもなくば」
こいつを殺すと馬手に抱えた幼き娘を揺さぶる。幼子もみゃあとかめえとか泣いている。赤い着物が乱れ、擦りむいた膝が痛々しい。親からはぐれたか、何処を迷ってこのような人外に捕らえられたものか。
郭公のこだまする山道である。
獣は熊にも見えるが、熊は人の言葉を話すまい。ならば矢張り化け物あやかしではあるのだろう。
「頭を齧るぞ」
と、化け物は幼子の黒髪に涎ばかりの汚い口を押し付ける。
目の前の男にいっている。
最初のコメントを投稿しよう!