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男は旅装でもなく、かといって近隣山間に住む杣の風でもない。この山を越え、もうひとつ山をのぼったその先に小さな国はあるもののその国の者とも様子が違った。
奇妙な風体の男であった。奇異ないでたちであるならば即ち金も持っていようと、そう化け物獣が踏んだかどうかはわからない。そもそも怪物妖の物が金品を要求するなど、古今耳に馴染まない。
「よこせ」
ともかく化け物、金品を寄越せばこの娘の命は助けてやるとそういっている。娘の次はお前だとも暗にいっている。
娘はさめざめと泣いている。当然だろう、奇態な化け物に首根っこをつかまれ、その命は風前の灯なのだ。しかしながら男と娘になんの因果もない。男は今さっきこの道に差し掛かったところだ。それでも人ならば年端もいかない幼い子どもをあたら見殺しになどできようはずもない。
「よこせ」
「断る」
男はにべもない。
「齧るぞ死ぬぞ」
「かまわん」
化け物はこのあたりで鬼熊と称されている。近隣の村々から幼子を攫っては頭から喰らってしまうと専らの評判だ。男はそれを知ってか知らずか、怯える幼子に目も呉れず、ひたすら泰然としている。
その大力は大岩をも動かすとか。ならば幼子など一捻り、骨太ではあるが肉のまるでない旅の男とて到底かなうまい。
「脅しだと思っているな」
「そんなことはない」
「齧るぞ」
「好きにしたらいい」
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