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 棒切れを振り上げる姿が見えた。今日は執拗だなと、痛む背を丸め頭を守るため縮こまった。  棒切れはいつまでたっても男を打つことはなかった。  そろそろと目を開けると、男の目に白いふくらはぎが見えた。  ふくらはぎ。  赤い襦袢と萌黄の着物、女の背。  男の頭上で小さな女が威勢良く啖呵を切っていた。  結髪に花簪。白い肌は海風に赤く染まっている。  男はひたすらに次から次に紡ぎだされる女の言葉に聞き惚れていた。圧倒されていた。  女の剣幕の凄まじさに興醒めしてしまったものか、執拗に男に暴行を加えていた四人は捨て台詞を残して立ち去った。まさか目の前の小さな女に臆したということもあるまい。  男は立ち上がり、やっと女の顔を見た。  整った眉と紅い口紅。小さな鼻、釣り上がった目。  女からは嗅ぎなれぬ匂いがした。特別いい匂いだとも思わなかったが、矢鱈と心臓の鼓動は速まった。  女は男の手を取ると、あんたを好きになっていいかとやはり啖呵を切るように云った。  云ってることがわからない。まさに渡りに船であるはずなのに、男の口からは裏腹なそんな言葉が漏れた。しかし疑うのは当然、目の前にいるのは間違いなく、そのときはじめて会った女である。たとえ窮地を救ってくれた恩人であったとしても。     
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