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白色と鉛色の冬を越え、辛夷咲く春を迎え、日の光に力強さが増してきた或る日、普段はまともに口を利くことのない一団の頭目に直接声をかけられた。
君はあの村の生まれだそうだが。
私にはある考えがあってね。
協力してくれると非常に助かるのだ。
まず驚いた。大いに迷った。それも当然、頭目の考えとは、男の故郷に攻め入り占領することだったからだ。捨てて構わぬ故郷、生まれを恨んでここまで生きてきた身なれど、奪われ或いは消えてしまっては寝覚めが悪い。悪いがしかし、ここで頭目の申し出を断り、辛うじて保たれているこの関係に皹を入れてしまってはつまらない。男は故郷を失うことよりも、この土地での自分の居場所が失われることにより強く恐怖を覚えた。
望むものを、望む世界を手に入れるため遮二無二がんばってきた。
もはや引き返せるものではない。
望むものを、望む世界を手に入れるため遮二無二がんばってきた。
もはや引き返せるものではない。
※
だから、ねえんだって。
店番は云い捨てる。額に浮いた嫌悪感を隠そうともせず、咥えていた紙巻煙草を土間に放った。
夢のように大きな都の民間居住区にある、老舗の薬やでの会話だ。
飾り気のない陳列棚の上には、根だの骨だの毛だの、四つ足やら羽つきやらの干物、丸薬粉薬液薬、じつにさまざまな物が所狭しと置かれている。
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