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店番の若い男が睨みつけているのも何処吹く風、客の男は棚の上を眺め、壁に据えられた書架を眺めたりしている。店番は既に幾度も怒鳴り声を発していたし、普段は客の前では吸うことのない煙草も今くわえたもので既に五本目。酷く苛ついているのは傍目にもよくわかる。それでも客の男は、実に悠然と店内を物色しつづけた。
時折、開いた入口から初夏の爽やかな風が入ってくる。
桜散り、葉の緑も日に日に濃さを増し、そろそろ油蝉も鳴こうかという時節。
「お客人。ここはごくごく平凡な薬やであってあんたの所望しているその、」
店番は首に伝う汗を手の甲で拭った。
「催淫剤」
「それ。そうそれ。いやらしい気分になるやつ。それって違法じゃん。御法度でしょうに。売っても買っても使っても作っても仕入れても重罪だわな。良くて所払い、悪けりゃ斬指の二、三本。そのへんのごろつきじゃあるまいに好き好んで売る馬鹿もない。うちはね、至極まっとうな商いさせてもらってんの」
「軽々しく真っ当などと云わないほうがいい、底が浅いのが知れる」
「オイなんだそりゃ。うるせえよ。商売の邪魔だ、帰れ」
「私以外の客はいない。それでも商売の邪魔かな」
客の男はそう云って、大仰な素振りで周りを見回した。芝居がかった動きをする。
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