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「さあ、こっちにきて」  彼女が俺の耳元で優しく囁く。毎度のことだが、すべてを放り投げて、彼女の懐に飛び込みたい気分になる。しかし、今回はそうはいかないのだ。 「すまない。今日はだめだ」 自分自身の決心を声にして絞り出す。彼女は微笑みをうかべたまま何も言わない。彼女はめげずに甘い囁きを続ける。俺の願望を見透かすかのように。 俺と彼女の、いつもと違うひとときは、彼女を拒むことで始まった。 彼女とは、もう何年も一緒だ。個人事業を始めるよりも、学生時代よりも前だ。生まれるよりずっと前から、彼女を知っている気がする。運命とか、紙切れ一枚だとか、そんなものでは説明できない。気がついたら二人でいることが自然になっていた。 俺はIT関連の個人事業主として、自宅で仕事をしている。開発、SE、マネジメント、研修、講演、仕事があれば何でもやる。培った技術や経験だけで世間を渡り歩いている。     
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