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【2】
彼女の誘いを蹴って机に向かう。データを引っ張り、エクセルに落とし、リストを作り、スライドに反映させ、ワードの文書にしたためる。そこまでやって、初めて断った価値が出るというものだ。
彼女は、俺の意思を尊重してくれる……ことはなく、俺を誘惑し続ける。あきらめる、という言葉は彼女の辞書には無いのだろうか。俺の迷惑とか、空気という言葉も、たぶんない。
「どうしたの? さあ、遠慮しなくいで……」
「少しだけならいいでしょう? あなたなら、すぐに取り返せます」
彼女の声はさらに甘くなる。心にしみる声。聴くだけで癒される。
勝利の余韻は一瞬にして崩れ、ふたたび攻防が始まる。
脳内に強制注入され、頭の中でループする。我慢と妥協がせめぎあう。
「わたしの願いを聞いてくださいませんか」
ささやかなささやき、などと、気をそらすためにつまらないことを考える。それでも彼女の胸に飛び込みたくなってくる。仕事なんてどうでもよくなってくる。俺なら少しくらいの遅れは取り戻せる。誘われたい、今日はもういいとあきらめかける。意志を持って、誘惑に打ち勝たなければならない。自分のために。
十分、二十分、一時間。彼女の囁きは止むことなく続いている。回数に比例して甘さと重さと妥協する気持ちが増してくる。
仕事をしなければならないときの彼女の囁きは集中力をかき乱す。
自分の反発もあるのだろうが、一言告げられるたびに、杭でも撃ち込まれるように声が突き刺さっていく。
彼女を受け入れたい。そうすれば楽になれる。彼女との絆も保たれる。そもそも彼女は俺も望んでいることだ。彼女はただ寄り添ってくれているだけで何の罪もない。それでもそばにいてくれる彼女からみれば冤罪だ。口の悪い女なら『それがあんたの望みでしょう! どうして受け入れてくれないのよ! 意味わかんない!』とでも言いそうだ。無論彼女はそんな汚い言葉は発しない。かわりにどんどん誘惑の度合いが増していく。
求め求められている俺は彼女に不義理をしている。自分の大切なもののために、他の大切なものを捨てる。人間とは勝手なものだ。
それでも、俺の頭はいやらしいほど冷静に、彼女を今は不要と切り捨てる。
こんなやりとりを、今度は断続的に繰り返す。
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