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俺は衰えかけた気力を体の中から振り絞り、彼女の誘惑を断り続ける。しかし一度萎えて無理やり上げた気力が、そう長続きするはずもない。気の落ち方と反比例して彼女の力は強まっていくように思う。それは語気や凄みではない。その声を聴けた恍惚感と、その先に待っている安息への期待感からだ。もしかしなくても、彼女が強くなっているのではなく、俺が弱くなっているのだ。
俺が気力を持ち直すたびに、彼女は囁きを止める。
俺の気力が萎えるたびに、彼女は俺の耳元に囁き始める。
これが繰り返される。
正直仕事どころではない。体中の気力をかき集めては注力し彼女に吸い取られ、また集める。
ここで寝てしまってもあと少しなんだから問題ない、と『妥協』をしたくもなる。今度はもはやその一言では彼女を追い払えない。その気力さえも仕事に向けなければ彼女を受け入れてしまう。
頭の中で必死に考え方を巡らせる。仕事は仕事だ、と、割り切るように考え方を持っていく。俺はひたすら彼女からの攻撃を防御し、かつ自分の仕事も進める。彼女のほうが圧倒的に有利。最後の気力を振り絞り、パソコンのキーボードをたたき、マウスを動かし、資料を作る。この誘惑にそう何度も耐える自信はない。
何度目かの『狙撃』が終わる。気付かないうちに、自然と彼女の囁きも気にならなくなっていく。典型的なワーカーホリック。自負したくはないが、今はそのほうがいい。
報告書に『以上』と打ち込み、文章も、表計算も、画像も、プレゼンも、問題ないことを確認した。すべてを終え、宛先もCCも添付も確認して、客先へメールで送った。
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