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石の山が見えると、彼は私の前に出た。
まるで何かに呼ばれるように進み、赤茶けたその石の前に呆然と立ち尽くす。
正方形に切り出した石をいくつも積み上げたそれを彼は見上げる。その頭上に広がる青い空を突き刺すかのように古色蒼然とした三角が彼を見下ろす。
陽の光に当たってオレンジ色に見える石には、いくつもの削れた後が刻まれている。
彼は別段、ここまで走ってきたわけでもない。
それなのに切れた息を整え、サングラスを外すと静かにその傷跡に触れた。
途端に彼は大粒の雫を目から零し、途方もなくそれが流れ出して砂地を濡らす。乾いた大地はその雫を蒸発させ、跡形も残らずに消える。
「なぜ、泣いてる?」
私は習いたての拙い英語を使って彼にそう話しかけた。
男は答えたくとも、嗚咽するばかりで声にはならなかった。それを見て私は静かに近くの石に腰を掛ける。
ガイドを頼まれ、彼を車に乗せてカイロからギーザまでやって来た。
男はイングランド系の顔立ちに黄ばんだワイシャツを纏っただけの、紳士よりもみすぼらしい姿で、荷物も持たない妙な客だった。
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