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それが男にとっての何かの儀式だったのだと思う。
何度も繰り返す彼の行動を私は見守ることしかできなかった。
観光客は徐々に増えて行くが、そのほとんどは内部を見学する。時々外観の写真を撮る観光客もいるが、全体を写すために遠くにいる。
陽は段々と昇って行き、影は短くなる。やがて影が消えたところで私は彼に声をかけた。
「もう、昼だ。何か、食べよう」
彼はゆっくり振り返り、首を振った。
「僕はいい。お腹は空いていない。君は食べてくればいい」
「あなた、ミイラになる」
それに笑う。
「分かった、行こう」
先程よりも彼は私の言うことを素直に聞いた。私がしつこいと知って従ったのだと思っていたが、車に乗り込んで少しすると彼は口を開いた。
「この辺に銀行か、両替できるところはない?」
金を渡して、帰らせようと考えていたに違いない。私は咄嗟に『ない』と答えてしまった。
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