12人が本棚に入れています
本棚に追加
******
あの場所が炎に包まれたのは、気のゆるみのせいでした。
不覚、或いは、傲慢。計算外に芽生えてしまった好奇心の出所は、「この名前」が私に与えられたせいなのでしょう。本来受け取るべきでない喜び、人の輪の中に私がいる事への自惚れ……少しだけなら、そう、今だけなら。そうして暗所の人波から覗いた光景に心揺さぶられた私は、眼前に大火を 齎しました。
平静を保ちなさい。
心を鎮火させなさい。
いつもならものの数秒で片付く現象は――舞台の上の見知った顔をとらえてしまったからなのか――中々上手くいきません。
二人が動いて、あの空間がなんとか収まる状態に切り離された、その次の間。私の目は、舞台を駆け上がる存在に釘付けになりました。
「夢」と片づけられる私の炎達を感じ取り、ついにはその手で消してみせた存在が、確かにあの場に現れたのです。
このあとの平静を保つ事の方が、どんなに大変な事だったでしょう。
跡を追った彼の、正体を掴むに至らなかったという詫びの言葉を……「私」を抑えながら、受け取ります。
「駄目ね、本当に。アナタは優しくていけないわ」
だって二人とも、もう色々な事に気づいているのでしょう?
大切なものは両極端に持ってはいけないの。そんな大前提を間違えながら、「目的」と「新しく出会った輝かしいもの」を天秤にかけてはいけないの。
あの場所が燃えても、例え中の人々が焼け死んでも、決して慌てふためかない事が、「私」としての正解だったの。
「……久礼倉珠歩自身でないとしても、後継者が何者でも――誰であっても――私はその者に目的を、強く、強く提示するだけです」
私は、眩しい影を追わないと誓います。
私は、輝かしい存在に手を伸ばさないと誓います。
だから私の唯一。願わくば。
速やかで、完全なる――「厄災」の沈黙を。
******
最初のコメントを投稿しよう!