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湯気がゆらめく。両の手でカップの温かさを包み込んで、そっと口をつけた。
吃驚するほどの美味しさだ。かぐわしくて、上品で……遥か昔、家族で行った思い出にリンクする。これから夏を迎えるバラ園だった。色濃く咲き誇る赤や黄色の匂い。その横に立っていた、もう何色だったか教えてくれない枯れ果ての……
「店主、店主」
叩かれた手の音で顔を上げる。
私は軽く咳払いをして、居住まいを正す。それにしても、と紳士服のような衣装がよく似あっている青年「ジャック」は私からより広い場所に目線を広げた。
「この場所が『お店』というものになるとは思ってはいませんでした。小鳥の囀りすら聞こえてきそうですね」
「前は……『久礼倉珠歩』さんが居た時は、こうではなかったんですか?」
ジャックは一度目を見開いたものの、何かを得たように微笑んだ。まるでその名前が鍵だったかのように、穏やかなしらべを以て、話し始める。
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