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「このまま見ていて平気? 壊れない?」
呆気と関心の面持ちでジャックに尋ねると、まあ御覧なさいと、涼やかな目は全く動じていない。
再び針を失ったガラス戸の内部が水でいっぱいになると、水面が歪んだ。
一気に水が引くと、自動的にガラス戸が開いた。そろりと近づくと、さっきまで存在感を示していた振り子も消え、代わりに真鍮色のドアノブが付いていた。柱時計の中に、扉の模様が現れたのだ。奥から風が流れ込んできて、私が目指すべき場所に繋がっていることを教えてきている。
「さて、早くしないと入れなくなりますね」
隣で声が鳴る。無言でドアノブを指す私を、彼はため息交じりで笑った。
「誰しも、本の世界に戻る様は、見られたくないものです」
「そっか。そういうものなんだ」
「はい……叶うなら、私以外の『ジャック』達にも会えますように」
「叶うよ。タイミングが合えば」
そしてまた、私達も会いましょう。
そんな会話を残して、私は冷たい真鍮に手をかける。ギィ、と開いた先から、ホコリの匂いと、紙達の世界の気配がする。
久礼倉珠歩さん、お邪魔します。貴女が誰にも諫められることなく、書く事を願った場所へと、私は潜っていく。
彼女がその力と熱を以て、ペンで生み出した名無しの命達やそうでない命達の住処へと、私は、足を踏み入れていく。
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