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ヒーツロイスが静かに微笑んだ。そんな場合ではないというのに、私はその微笑みに見惚れてしまう。目の前にあらわれたのは、いつも見慣れていた、私の日常の中の一人だった、「城名陽津子」の表情だった。
その顔をつくろって、彼女は言うのだ。
「ゆらはいつも私の期待に応えてくれた。私が抑えるべきよろこびもかなしみも、最初から超えてやってきてくれた……だから、今回もそうあってほしいと願うわ」
「嫌。できないよ」
「……貴女に会う前に、珠歩の気配を辿って、何人か候補者とコンタクトをとったの。
必死だったから、なりふり構っても居られなかった……そこが良くなかったのね。ある時いざこざの末、一人の人間が落命したわ。家庭教師だったそうよ。だからかしらね、私がここという場所に導かれたのは……」
あれは貴女のせいでは! と声を張り上げたのは、彼女の従者のどちらだったろうか。ねめつけるようなヒーツロイスの視線を受けると、彼は表情に押しとどめたまま、ぐっと口をとじた。
「たとえ間違えであろうとも、人一人の落命は私の世界でも司法にかけられるわ。
でも、その罪はどうやって裁かれようというのかしら」
両腕を広げ、ヒーツロイスは美しく語りかける。
「『城名陽津子』はこの世に存在しない。そんな虚空を、この世界はどうやって裁くのかしら。この現状は果たして、良しとされるべきかしら」
もちろん許されるべきではないわ、と結び、陽津子は私の手を取る。
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