V.秘密の住処に招かれて

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****** Mail For:椎尾ゆら様 絵羽茶英名です、夜分にごめんなさい。夕火さんから貴女の連絡先を教えてもらいました。貴女が今夜眠る前にこのメールを見てくれているといいのだけれど、昼間に伝えておくべきだった事を、こちらで代用する旨をお許し下さい。久礼倉珠歩さんについての事です。 彼女は、珠歩ちゃんは、物語を書く事が好きな子でした。それは久礼倉の力というだけでなく、もっと深い、彼女だけの本質なのだと思います。どんなコンクールでの表彰台より、教室の真ん前で、ノートの端にひっそりと世界を書き連ねている時の方が、キラキラした目をさせているような子でした。彼女の生み出す人物達は自由で、みずみずしくて、自由奔放にその世界を駆け回っていて。何度か読ませてもらった時、その才能を羨むより前に、彼女の紡いだ世界やそこに住むキャラクター達の物語に夢中になってしまったものです。挿絵を描いて欲しい、と言われ、描かせてもらった事もありました。当時も、今思っても、とても嬉しい事だった……本当に喜んでくれたもの。 もっと彼女自身に感動すればよかったと、後悔の念しかありません。 それでもひとつ、可能性としての提言があります。 珠歩ちゃんにとって、物語を生み出すことは、きっと久礼倉の力を除いても彼女の生き甲斐で、夢でした。 けれど、久礼倉の、珠歩ちゃんについてまわる家名の力が、その夢自体を追い抜いてしまったとしたら。美しい文字の並びで人々を酔わせる云々の話じゃない、例えば、もし、書いた話が現実になる力があったとしたら。 珠歩ちゃんが、もしも、の空想で考えた命達が、現実に生まれてしまうとしたら。 珠歩ちゃんが生み出したキャラクター達は、幸せいっぱいの子達だけじゃなかった。 生まれつき何かを背負っていたり、これからどうなるんだろう、と、行く末に期待と不安を思ってしまうような子もいました。そういう状態で完結しないまま、止まってしまってている物語だって、きっとある。 望みでない設定(生い立ち)をもった子が、行く末を失っている子が、作者(珠歩ちゃん)の影を追い求めても不思議ではない筈です。 お伝えしたい事は以上です。空想の産物、夢物語のような意見ですが、外ならぬ貴女です。心当たりの一つとして、お納めください。 From:絵羽茶英名 *****
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