天秤

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 夢の中では元気に駆け回っていても、現実ではもう年老いた。体中にガタが来ている。余命を宣告されても、不思議と気持ちは落ち着いていた。生活の場は家から病院へと変わったが、それも大したことではない。何より、一番の趣味は続けることができる。むしろ、そのためには適した環境と言ってもいいくらいだ。一日の大半を、夢という過去の中で過ごした。  ある日、眠りに就くと、今までにない奇妙な景色に包まれた。景色と言っても、正直よくは分からない。温かく柔らかな中に浮かび、波間に揺られ漂うような、感覚だけの世界。それは、得体の知れない過去であるが、戸惑いや恐怖よりは、どこか懐かしさや心地よさを感じていた。一定のリズムで遠く響く鼓動が、安らぎを与えてくれる。そして、その鼓動が自分のものではないと気付いた時、私はようやく理解した。自分は今、母の胎内、命の始まりにいるのだと。  それは、原点にして終着点。全てが一つに溶け込んだ、偉大なる命の揺り籠にして、燦然たる魂の棺。何もかもが許されたその温もりの中で、私は最後の夢を楽しんだ。  目が覚めて、私はすぐに家族や友人を呼び寄せた。夢が思い出させてくれた過去を改めて振り返りながら、それとなく皆に感謝と別れの言葉を告げる。いつになく眠たかったが、今だけは頑張って現実にしがみ付いた。  そして全てが片付き、家族や友人を見送ると、静かになった部屋で一人、残されたわずかな時間を過ごす。今思えば、若き日に見ていた夢には、未来が映っていたのかも知れない。そんなことを考えながら、私はゆっくりと目を閉じた。
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