序章

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 そう言いながら、涙が出るほど笑っている。僕もつられて笑いが込みあげる。これが何とも心地がいい。 「桜って、直ぐに散りゆく運命を背負ってるけど、美しく咲くために、周りの植物を毒殺しちゃう。美しくあるためには、強くなくちゃ――だね」    しみじみと語る口調は、自信満々のわりに何が言いたいのかよく分からなかったが・・・・・・取り敢えずうんうんと頷いておいた。右手には、桜餅の最後の一口が残っている。勢いよく口に放り込んで、言った。 「僕も強くなくちゃ――だね」   葉子と住むマンションから、歩いて五分。閑静な住宅街の一角に、黒山公園はある。昼間は小さな子供たちの声が弾け、微笑ましく見つめる母親たちが憩い、一方では仲睦まじい老夫婦が、早起きして認めたであろう弁当と共に、穏やかな時間を過ごす姿も見られる。その中心部に、一本だけ――大事に植えられたこの桜の木は、一期一会の季節を彩る、地域のシンボルだ。代わる代わる様々な年代、職種、境遇――の人々がその下に訪れては、僅かな刻を、桜とともに語り合う。     
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