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深く考えないのはいつもの事だ。時折こうして、茶化すように僕の心をかき混ぜては、満足げに蓋を閉じる。彼女が笑った事に安心して、笑みを浮かべる。それで良い。右手の中にある感触を、小さく、しっかりと確かめる。これが、僕と彼女の証明だ。
「葉子はさ……どう思うの?」
二人の足音は、横断歩道の白線の前で止まる。信号機の煌々とした赤色を見つめつつ、隣を見やる。物憂げな彼女の心は、信号機よりも遠くを見つめているように見えた。
「私は……知りたくないな」
いつも一緒にいるのに、今日の葉子は何故だか寂しそうだ。実は僕の知らないところで不安を抱いて微睡み、やりどころのない心の空白を、こうして空に澱んで埋め合わせているのだろうか。やがて瞬きをする隙間に、塗料のような青が風景に点を打ち、二人はまた歩き出した。
「自分から聞いておいて何なんだろうね」
今度はいつもの調子で軽快に声を出して笑う。
「でも、本当にそう思うんだ。先が見えない。終わりが分からない。でも漠然と、そこには存在する。確かに――兼くんはそうやって言ってくれる。嬉しい。だけど、知りたくない。何だろう・・・・・・はっきりしてないんだよね。ほら、信号機みたいに。だから、楽しいのかもしれない。悲しいのかもしれない。何にも考えないでいるから、兼くんがずっと一緒にいてくれるのかもしれない」
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