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序章
「ねえ。桜の木の下って、何で雑草が生えないのか、知ってる?」
悪戯っぽい笑顔が、ずいと覗き込む。まごついた僕に、その両目が鋭く光る。
眉を潜め、答えを絞り出そうと奮闘するが・・・・・・この心無き出題者はどうにも邪魔したくて仕方がないようで、体をつついたり、無関係の歌を歌ったりとやりたい放題だ。
足元には光と影のアートが彩られ、見上げた先には、誰もが言葉を失ってしまいそうなほどの立派な桜の花房と、柔和な枝々の束が、きらめく陰影を演出している。
「さあ。陽が当たらないからじゃない?」
葉子は不敵に笑う。どうやら僕は負けたようだ。全然だね、と背中を叩くと、一歩だけ前を歩きながら、説明口調で続ける。
「桜の葉っぱにはね、毒があるんだって。雨が降ったときに、葉を伝って毒が地面に浸透するから、雑草とかが生えてこないの」
「ん? じゃあ、いま桜餅を葉っぱごと食べてる僕は死んじゃうの?」
――無言だ。知らないふりを決め込む華奢な肩を冗談ぽく小突くと、葉子は思わず吹き出した。
「大丈夫だよ。兼くんは、雑草よりは生命力強いから」
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